10.「お前、サクラだろ?」
サクラになってほんの数日がたった。
何通かメールして、サイト外に連れ出そうとしてくるのを何度かかわして…
そうしていた客からいきなりこんなメールがきた。
翼くん(1705pt) → えみ(只野)「ところであんた?サクラだろ?」
えみ(只野) → 翼くん(1705pt)「サクラってなあに?」
翼くん(1670pt) → えみ(只野)「無駄にポイント使わせるために、サイトに雇われた人なんじゃないかってこと。」
図星である。
えみ(只野) → 翼くん(1670pt)「そんなことして私に何の得になるのわたしを疑うんですかぁ?」
翼くん(1635pt) → えみ(只野)「サクラじゃなかったら出てこれるだろ?出てきて自分はサクラじゃないって証明しろよ。」
・・客なりの、呼び出すためのテクニックだったらしい。
えみ(只野) → 翼くん(1635pt)「サクラじゃないけど、証明しないといけない理由がわからない…」
翼くん(1600pt) → えみ(只野)「じゃ、お前はサクラだ。もうメールしてくんな!ボケ!」
少し気分が悪くなった。でも、サクラの存在に気づいているのは少数派だった。
客は、メールをくれる相手は一般の女(の子)だと思っている。
料金を払っているのは男だけ。
そこから生まれる客意識か、傲慢な男も多かった。
むしろ、良い人をだますより意地の悪い人を騙すほうが良心の咎がなくていいかも。
でも、こんなこと以上に戸惑ったのは、次に私が話す、わたしが知らなかった男の本性だった。
9.サクラの掟
順序として、サクラの掟について話させてください。
いろいろあると思うんですが、
「出会い系なのに、出会うわけにいかない。」すべての矛盾の起点はここにあると思います。
したがって、
①会う話をしてしまってはいけない。
せめて、「会う約束」までにとどめる必要がある。
なぜかというと、実際に会う約束をしてしまうと、サクラである以上、ふみたおすしかなくなる。
何度か踏みたおしをくらうと、客は怒りだし、サイトを辞めてしまう。
これでは長くお付き合いをしてもらうことはできない。
どんなに騙されても辞められない、よほど例外的な客もいますけど…
普通、3回待ち合わせをドタキャンをするとサイトから離れていく。
しかし逆に、出会えない出会えないと実際の出会いに飢えている客に、
「即、会います」とメールを出せばどうなるだろう?
多分、空腹のピラニアのように群がってくる。
これは「会いネタ」といわれるものである。
一級のサクラ技術の持ち主なら、「即会います」と最初に客を募集をかけておき、何通かメールを交わすうちに、最初言った「即会います」というのを忘れさせてしまうといったことや、待ち合わせ場所に呼び出して辺りをぐるぐる移動させ、ポイントを減らしたり買わせたりする難易度A+な技も使うことがある。
これについては後述するとして、基本的に会いネタはやめた方がいいでしょう。
もうひとつは、
②こちらがサクラだとバレないこと。
これは説明不要だと思う。
サクラとばれてしまう原因はいくつかあります。
- 矛盾したことをメールしてしまう。
- 16歳以下の設定のキャラなのに「私、人妻なの」とか言ってしまう。
- 婚歴がないことになっているのに「私、未亡人なの」とか言ってしまう。
- 地域ネタ
- 天気など。「今から出れない?」なんてメール出して、「この大雪でどうやって出ろというんだ?」とか返ってきたり。
- 「○○堂のペコちゃんの前で待ってるから。」とか言われても、本当にそういうものがあるのか無いのか、地元の者にしかわからないわけです。こんなところから思わぬボロが出たりも…
- キャラ変わり
- 「あんなところ、本当に口に入れたりするんですかぁ?」などと、清純キャラでやってるのに、途中から「私のエロ声、かなりいいわよ」とか淫乱系になったり。
- 押しに弱いキャラのはずなのに急に性格がキツくなったり。サクラが休暇をとる時に他のサクラの人が他人のキャラを扱ったりすることがあるのですがそういう時にでる。キャラの解釈がそのサクラによって違うのですね。
- 言葉使い
- 「わたし」を「あたし」と書いたり、「いうんですか?」を「ゆうんですか?」とか書いたり。ギャル系の人はやりがちです。
- 知らないはずのことを知っている
- 誤打
- 「わたし、そんなんjあない…」などは、携帯のキーではおこり難い誤打ですね。あくまでこちらも携帯から出してるってことになってますから。
などなど…
8.洗礼
白石さんが言っていた「ポイント見ながら」というのが手がかりだ。
そう考えた。
男性側からはポイントが0になればメールは送れないはず。
見ればこの人は持ちポイントが残り少ない。
(無駄メールを出させてポイントを0にして、肝心なところで連絡がつかないようにすれば何とかなるかも。)
この線でいくことにした。
ほのか(只野) → ユウヤ(210pt)「ね、三宮駅まで来るのにどれくらいかかるの?」
ユウヤ(175pt) → ほのか(只野)「30分くらいだな」
ほのか(只野) → ユウヤ(175pt)「ねぇ、晩御飯食べたの?私まだなんだけど…」
ユウヤ(140pt) → ほのか(只野)「その辺で何でも食いモン買えばいいじゃん」
ほのか(只野) → ユウヤ(140pt)「着ていくもの考えてるんだけど、何着ていけばいいかな?そっちはカジュアルなの?」
ユウヤ(105pt) → ほのか(只野)「部屋にいたときのカッコで出てきてるよ。何でも着てくれば?」
ほのか(只野) → ユウヤ(105pt)「あの…お金っていくらくらい持ってくるの?わたしサイフに自信ないんだけど…」
ユウヤ(70pt) → ほのか(只野)「給料出てるから、メシ代とホテル代くらいあるよ」
ほのか(只野) → ユウヤ(70pt)「ねぇ、着ていくもの何がいい?やっぱり最初の第一印象が大事かなって思ってるんだ」
ユウヤ(35pt) → ほのか(只野)「意味ねぇメールしてくんなよ!ポイントなくなるだろう!?」
あと、一通。
ほのか(只野) → ユウヤ(35pt)「夜遅くなってきてるけどわたし門限あるっていっても、今日じゃないとダメ?」
ユウヤ(0pt) → ほのか(只野)「フリーターじゃなかったのかよ?門限って何時よ?」
やった。持ちポイントを0にした!しばらくは送ってこれない。
今日はもう、これで連絡はないかもしれない。
もし、ここからポイントを購入して連絡してきても、ずいぶん後になるだろう。
そうすれば、「今日はもう遅くなったからダメ」とか言ってごまかせばいい。
そう思った矢先だった。
ユウヤ(2965pt:兵庫) → ほのか(只野)「着いたぞ。今どの辺にいるんだ!?」
ポイントが増えている!どうやら現場に到着したらしい。
私は椅子から飛び上がりそうになった。
隣の男の子をゆすった。
「ねぇ、一度0になったポイントが急に増えたんだけど。」
(あり得るか?)というような顔でのぞいてきた彼はモニターをみると
(あぁ。)という顔をして、
「カードでポイント買ったんだよ。」
と言った。
カードでのポイントの購入は振込みで買うのと違い、即座にポイント増加が反映されるらしい。
カードの情報を知られるのが嫌い、使う人はめったにいなのだが、とのこと。
ここが攻めどころ、と思った男はカードでポイント購入してきたのである。
もう、打つ手が浮かばなかった。
ほのか(只野) → ユウヤ(2965pt)「ごめん急にお腹が痛くなって」
ユウヤ(2930pt:兵庫) → ほのか(只野)「てめーふざけるよ!!誘ったのテメーの方だろ?」
ユウヤ(2895pt:兵庫) → ほのか(只野)「家、どこだ?このへんだろう!?」
呪いの言葉をぶつけてくる…
ポイント使ってまで、文句送りつづけるか!?
ただただ、沈黙するしかなかった…
ユウヤ(2860pt:兵庫) → ほのか(只野)「何か言えよ!コラァ!黙ってんじゃねえ!!!」
仕事に点数をつけるなら、最低点の結果になるだろう。
生まれてきて受けたことのないような、男からの暴言に震えた。
私の席から離れた島で、サクラ同士が雑談している声が聞こえた。
「あはは…、こいつキレてるよ。」
「××って書いて送ってやれば?」
…この先、私につとまるだろうか。
エアコンのきいた部屋で、ただキー入力だけしてればお金がもらえる。
世の中、そんなに甘いわけはなかった。
7.「アポです!」
とにかく、客とメールを続けてポイントを減らす。
それしか頭になかった。
ユウヤ(280pt:兵庫) → ほのか(只野)「兵庫のどのへんの人?」
ほのか(只野) → ユウヤ(280pt)「私、三宮に住んでるの」
ユウヤ(245pt) → ほのか(只野)「じゃ、三宮駅の北口のロータリーでどうよ?月初めじゃなければいつでも会えるぜ?そっち時間はどうよ?」
ほのか(只野) → ユウヤ(245pt)「うんフリーターだから…時間はそっちが決めていいよ?」
恋は段階をふんでから…
そんな固定観念のあった田舎娘の私に、次の一通は予期しえないものだった。
ユウヤ(210pt) → ほのか(只野)「じゃもう俺家出てるから車で行くよ顔見せだけでもいいだろ?近いんだから遅れんなよ!」
私は、隣の男の子に訊いた。
「もう家を出たって言ってきてるんだけど、どうすればいいの?」
とたんに彼は(あっ!)というような表情をし、
身をねじってのりだし、私の端末のマウスをグリグリ動かた。
「これはどうやらアポだね。」
この客とのメールのやり取りを読んで、そう言った。
アポとは、アポイント(実際に会う約束)のことで、実際に会いに行くわけにいかないサクラとしては最も避けるべき事態である。
当たり前だ。いまから兵庫まで行くわけにはいかない。
彼はしばらく(どうしようかなぁ…)という表情をしたあと、管理を呼んだ。
「白石さん、アポです!」
「アポォ?」
管理はそれまでやっていた作業を止め、席を立ってこちらにやってきた。
となりに座っている関野さんも、少し驚いた感じで自分の作業を止めた。
(なんだか、いけないことをやったらしい…。)
私の身は固くなった。
白石さんは、私の脇から身をのりだし、やはりマウスをグリグリ動かして、それまでのこの客とのやり取りを読みながら、言った。
「あのね、『日にち』、『時間』、『場所』この3つを決めて会う約束してしまうとアポになるから…。日にちを決めても時間は決めない。時間は決めても場所は決めない…っていうように、この3つのうち最低一つはあいまいにするのがコツかな。」
初日のサクラにわかるわけがない…
まるで逆子の出産に立ち会ったような空気だった。
「アポになって、予定通りのトコに来なかったとするでしょ?客としては会うために他の約束やめて来てたり、遠いトコから来さされたり、待たされたりしてたら怒りだすわけよ…。退会されちゃうし、サイトに抗議の電話くることもあるし、ロクなことがないんだ…。」
でも、(いいか。)という感じでこう続けた。
「まぁサクラやってる以上アポは避けられないから。どれだけアポをうまくかわせるかがサクラの腕のバロメーターだしね。ベテランだと、ここでうまく客を回してポイント削ったり、相手のせいにしたり、逆に客と仲良くなったりすることもあるから。ポイント見ながらうまくやってごらん?もう、この客に切られてもいいから。練習、練習!」
…そんなことができるのだろうか?
わたしは他の客に返信することを止め、この客に集中することにした。
持っている知識を総動員して…
6.「出会い系」なのに出会えない。
※クリックすると画像は拡大されます
・・・・。
「キャラの名前のとこクリックしたら、そのキャラが受信した客の一覧が出るよ。」
そう言われて開けてみたのが上である。
「あの、私の直接のアドレス教えてくれとか、会いに来いとか言ってきてるんですけど、本当にアドレス送ったり、会いにいったりするわけじゃないですよね?」
不安になってそう訊いた。
隣の席に座っていた男の子がこっちを向いて、言った。
「アドレスは会った時に渡すからって、書いて送っとけばいいよ。」
管理の白石さんはうなずいた。
「こっちは女だから、安心できる相手かわからないうちは怖いと。個人情報だからって。何通かメールして、あなたが安心できる相手とわかったら、アドレス送るし、会いにいきますってことにする。これは定石だから。」
「まぁ、その時は永久に来ないワケだけど。」
さっきの男の子が言う。
「それでも納得しないようなら、ほら、最近出会い系サイトで知り合った相手に殺されたりとか、事件おきてるじゃない?とか、この前会いに行った人にさらわれそうになってトラウマなの。とか、理由でも何かつけて送っとけばいいよ。」
「とにかく女だから。いざとなったら弱い、怖いと。徹底的にその立場を盾に利用する事。安心させてくれないなら、させてくれる相手を別に探します。みたいな。男も自分が嫌われるのは嫌だから、そう無理は言ってこないはず。」
「『返信』を押したらその客とキャラとの履歴と、返信フォームが開くから、何か書いて送ってみよう。することあるから、わからないことは周りの人なりに聞いて。」
白石さんは、そこまで言うと、管理の席へと帰っていった。
さきほど、私にアドバイスしてくれた男の子にきいた。
「ここって、本物の女の会員はいないの?」
「いることは、いる。らしい。でも、コンマ1パーセント以下だと思う。毎日毎日うちらが、何十キャラもつくって送りつけていてるのに、本当の女が登録してくるのは数ヶ月に一人か二人くらいだから…。」
そう答えてくれた。
「あはは…」
これを『出会い系』と呼んでいいんだろうか?
5.もうけのしくみ
「さっきのは、まだ掲示板に書き込まれてないし、返信はまだないから、今度は別の作業をしてもらいます。一斉送信って書いてあるボタンを押してみてくれる?」
さきほどと同じように、キャラ名、タイトル、本文etc…の入力欄が出た。『書き込み時間』の欄はない。
「マルチポストは、掲示板に女性キャラのっけて、男からのメールを待つやり方だったのね。今度は攻めです。これからやってもらう一斉送信は、女性キャラの方から、うちの男性客全員に、いっせいに送りつけるんです。」
白石さんの語気は強かった。強力な技、なんだろうか?
「だから、こっちから男を誘う感覚で、キャラと本文作ってみてくれる?全員に送りつけるわけだから、全員に違和感ないように漠然とした内容でやってみて。」
キャラ、作ってみた。
ほのか
掲示板見たよあなたなら私フィーリングあいそうなの今フリーなんだけどその気なら返事もらえる?
先程と同じように、セットして『送信』を押す。
持ちキャラ欄に、Myキャラ、『ほのか』が追加された。ブラウザは何やら、未だ作業中である。
「全員に送りつけるわけだからね。しばらく時間かかるけど…。」
白石さんは続けた。
「うちのサイトはね、女性の方からはメールを読むのも送るのも、無料。何通でも読めるし、出せちゃう。だけど男の方はポイント制っていうのがあって、メールのタイトルの部分だけはポイント消費無しで読めるけど、メールの本文を読むときに5ポイント、女性にメールを出すと30ポイントそれぞれ消費してしまう。このポイントが無くなったら、男性からはメールを読むことも、送ることもできなくなるんです。それでポイントっていうのがね、1ポイント10円で5千円から購入できるんだけど…。 振込みや、カード、コンビニのビットキャッシュなんかでね…。」
「つまり、男性が女性から来たメールを読んで、それに返事書いて送ったら一回で350円かかるってことでしょ?あなたたちの仕事の目的は、この端末を使ってできるだけ男性と会話を続けてもらって、客にポイントを買わせることです。」
「客は女性のほうも携帯でメール出してると思ってるから、そのへん疑われないように。タイトル読むのはは無料だから、タイトルは本文を読みたくなるような書き方をするとか、ポイント切れそうな時は、ポイント買っても続きを読みたいっていう展開にメールを書いていくのがコツかな…。」
などなど…
「じゃ、持ちキャラが表示されてるところ、クリックして、『F5キー』でリロードしてくれる?メール受けた客から返事がきてるかもしれない。」
言われた通りにした。
受信がきてる!それだけではない!
リロードするたびに受信数が増えていく…
『ビギナーズ・ラックでフィーバーのかかったパチンカー』のような昂揚感だった。
あるいは、それ以上かも。
パチンコはしたことないけど…
とか言ってるうちに23通受信していた。この、1通が350円。
350X23=8050
…一斉送信の1クリックで8,000円以上稼いだことになる。
商売は、たし算で計算しなければいけないうちはもうからないが、かけ算で計算しなければいけないようになるともうかる。
そう聞いたことがある。
一度に会員全員に送れるなら、見込み客をつかまえる可能性も、返信をさせる可能性も会員数倍だ。
ため息が出そうだった。
なるほど、これならサクラ一人に1000円の時給くらい、軽くはらえる。
ふと、顔を上げてみた。みんな一心にメールを打っている。
中には何十キャラも扱っている人もいるようだ。
なんだか、百円玉がザラザラと、この会社の口座に落ちていくイメージが浮かんできた。
IT系はもうかる。そんな都市伝説の、種あかしの一つを目撃した気分になった。
4.キャラ、誕生。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
第1章(サクラ・イントロデュース)
(注意!)imode用絵文字フォントを、お使いのパソコンにインストールしていない場合、絵文字部分が・のようになったり、表示されません!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
面接の次の日、サクラとして初出勤だった。
わたしと同世代くらいの女性と、一緒に研修だという。
(いくぶんやりやすい。よかった。)
正直、そう思った。
出社すると、彼女はわたしより先に職場に来ていた。
「関野です。」
恥ずかしそうに、そう名乗った。
「じゃあ、こっちへ。白石君、お願い。」
森野氏から管理の人へ引き渡された。
わたし達のために、空けられた席へ通される。
これから二人ならんで研修…。
「あ、はじめまして。管理の白石です。」
管理の白石さん。
細身で長身。Tシャツでジーパン履きの、大学生風の青年だった。
(いやみがなく、話やすそう…)
その時は、確かそう思った。
管理とは、サイトでサクラのシフトを管理したり、サクラの出すメールにNGワードが使われてないかチェックしたり、文字通りそのサイトを管理する責任者である。
白石さんは私と関野さんを席につけ、背後に立った。
「うん、じゃ、パソコンを起動してください。大きい丸のボタンね。」
わたしが家でも使っている、ウィンドウズMeの起動画面が現れた。
「まず、架空の女の子のキャラクターを3個作ってください。
最初に名前を考えて…女の子らしい名前ね。それからそれぞれに「趣味はスキーです。」とか「人妻で不倫相手さがしてます。」とかプロフィールをつけていってください。できたら呼んでくれる?」
「あっ、一人何行くらいのですか?プロフィールは…」関野さんが遠慮がちに聞いた。
「そうね。2,3行くらい。あと、その3人のキャラクターはそれぞれタイプが違うようににばらけさせたほうがいいと思う。それと、ひらがなで『えもじ』って入れたら携帯で使ってる絵文字が使えるからね。そのパソコンでも。」
そう言い残して、さっきまで座っていた管理の端末がある席へ戻って行った。
わたしはウィンドウズについている「メモ帳」を起動した。関野さんもそれに習った。
わたしは、3人分のキャラを作った。
関野さんが傍からそっと、私の作業しているモニターを覗いた。
「え~? 人妻いれるの!?」
私が彼女のを読もうとすると、恥ずかしそうにおどけて隠した。
「できました。」
「うーん。イケメンね…」
管理は(どうかな?)って顔をする。
「ま、いいか。OK。たまにはこういうの混ぜるほうが自然かもね。それと、これがあなたたちのIDです。エクスプローラー使って、サクラの作業用サイトへ入るために必要なものです。」
そういって名前と数字がかかれたポストイット片を、私たち二人に配った。
「デスクトップのショートカットから作業用サイトへ入ってくれる?そしたらパスワードの入力画面が出るから… 今、配ったパスワード入れてください。あと、この紙はなくさないで!」
言われたとおりにする。
私の名前、「只野さくら」でログインできた。
さっき管理の席にもどったのは、わたしたちのIDをつくってたようである。
「じゃ、マルチポストって書いてあるボタンを押してくれる?」
「えーと。対象が『全県』。『書き込み時間』が今の時間から後で、適当に。キャラ名のとこに名前と、さっき作ってもらった文章貼りつけてくれる?メールのタイトルもつけて…」
「で、『登録』を押します。」
言われた通りにした。
すると、ブラウザが何かの処理をするように、暫くまたたいた。
そして、またさっきのマルチポスト画面に戻った。
同時に、左側の持ちキャラ欄にさっき入れたキャラの名前が現れた。
「今やってもらったのが『マルチポスト』という処理です。うちのサイトの、女性の紹介を載せているページに、さっきの情報が『書き込み時間』に表示されるんです。で、男性客がそれを見て、気に入ったキャラにメールを送ると。キャラは、あなたたちの分身ですから。」
時計を見た。
出社してから20分たっていた。
「じゃ、あと残りの2キャラも同様に登録してください。」
※画像を右クリックして、「リンクを新しいウィンドウで開く」を選択すると、大な画像で表示されます。
3.サクラサク
―― 面接にて
「うちどもは出会い系サイトをしてるんですけどね。やっていただくお仕事の内容はですね。あの、いわゆるサクラの仕事なんですよ。」
面接をしてくれた社員(森野氏)はまだ若かった。私より4、5歳年上くらい。
鋭角的な、くだけたデザインのスーツを着込み、金縁のメガネをかけワイルドな感じの無精ヒゲを生やしていた。
ヤッピー系?
でも、語り口は非常にソフトだった。
「サクラですか?」
客のふりをしてサイトへ人を呼び込む仕事を想像した。
「うちのシステムはですね、まず女性と出会いたい男性のかたと、男性と出会いたい女性のかたに、それぞれ自分のプロフィールをサイトにのせてもらいます。それで気に入った異性が見つかったらその相手にメールを出すんです。どっちからでもいいんですがね。」
手順が流暢にでてきた。たぶんこの人は、この内容の面接を何度もしてきてるんだろう。
「で、好みの相手と何通かメールでやりとりして、意気投合すれば約束してどこかで会ったりとか… ま、交際相手の紹介窓口みたいな役割ですね。ちょっと履歴書あずかりますね…」
テーブルの上から、履歴書を入れた封筒を取ると中に手を入れた。
「でも、どうしても男性の方が登録会員の数が、かなり多くなっちゃうんですよ。そこで女性のキャラクターを作成してもらって、女性利用者になり代わって男性にメールを送ってもらいたいんです。男性と女性の数がつりあわないと、男性客が逃げたりしてサイトとしてやっていけないというか… 男性と女性の人数差を埋める役割をお願いしたいんですね。」
はじめはしくみがよくわからなかった。
「それだけで、お給料がもらえるんですか?」
「えぇ、もう細かいやり方とか、うちの会社なりのものができてるんで。管理の言うことに従ってやってもらえれば大丈夫です。でも、勤務態度が悪いとか、よくよくのことがあれば減給とか罰はありますけどね。」
森野氏はわたしの履歴書をみて、2、3質問をしてきた。
その後、給料の〆日や振込み方法などについてしばし雑談。
「じゃぁ、ちょっとついてきてもらっていいですか?」
高いパテ―ションで仕切られた、作業場へと通された。
奥にこんな場所があったとは…
そこは、広いオフィスのフロアで、
いくつかのデスクを組み合わせた島が均等に、整然と並んでいた。
後で知ったことだが、この一つの島が、一つのサイト(番組)ということだった。
各自に一台のパソコンが割り当てられ、
男女を問わず、50人以上はいるであろうサクラがパソコンに向かって一心にメールを打っている…
女性キャラを動かすのに、男のサクラが多いのが意外だった。6割くらい。
しかし、メールではこちらが男か女かなんてわからない。
むしろ男の方が、男の気持ちをよくわかってたりして…
客の側は携帯のメールを使うけれど、こちらからはパソコンで出すようだ。
パソコンのキーを打つカタカタという音が幾重にも重なり、木立の葉ずれか、川のせせらぎのようにザラザラと聞こえた。
「ちょっと、この席かりますね。」
とある島の、空いている席をすすめられると、
「ちょっと、入力だけ見させてもらってもいいですか?」
と言われた。キー入力のテストである。
私は問題の文字が出るモニターをみつめながら、少しうわのそらだった。
これって、どこか違法な匂いがする。騙していることにかわりはない。
面接の時に辞退することだってできたのに、どうして「はい」と言ってしまったんだろう…
まずは生活がある。そして職を求めてもつまはじきにされた社会への、ちょっとした復讐心があったのかもしれない。
でも、ここの仕事を選んでなければ、まーちゃんには出会えなかったわけだけど…
「はい、もういいですよ。わかりました。」
入力を制する声が聞こえた。
―― 結果は合格だった。
2.遭遇
2000年を少し過ぎたある秋の日 ―――
学費は振りこんだものの、生活費を用意する必要があったので、次の仕事を探すまでの時間的な余裕はなかった。
なかば、反対する家族を押しきって上京したので、バイトも学生生活も順調なふりをする必要がある。
前のバイトをわけあって辞めたあと、バイトの面接に二つ落ちていた。
「採用が決まったらこちらから連絡します。もしこちらから連絡がない場合は残念ながら…」
というかんじで、連絡が無いのがいつものパターンだった。
(また落とされるんだろうか?私はそんなに労働者として魅力ない?本当は人なんか欲しくないんじゃないだろうか…)
折からの不景気で労働力は買い手市場。(使えそうなのだけ選別すればいい)という雇用側のご都合は、わたしのように、何も持たず地方からきた貧乏学生には切実なプレッシャーだった。
重い気分の夕暮れ、その日も商店街をぬけたばかりのところにある、求人誌の無料スタンドから一冊、もらった。
暗いアパートに戻る。私は急須にお湯を入れ、求人誌をひらけた。
一つの記事に目がとまった。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
仕事内容 PCを使った入力業務
時間 9:00~24:00
1日4h、週4日以上で応相談
給与 時給1000~1700円以上
待遇 交通費支給、昇給随時、髪型・服装自由
交通 地下鉄〇〇駅から徒歩3分
応募 TEL後、履歴書(写真貼)ご持参ください
有限会社 〇〇ネット
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
条件だけをみれば文句がなかった。
自由度が高く、割のいい時給。
翌朝、常識的な時間に電話を入れるつもりでこのページを半分に折った
―― 翌朝
「では、あす午後3時、写真付きの履歴書をもって来て下さい。」
「あの、担当のかたのお名前いただけますか?」
「私ですか?私は谷田ともうします。面接は担当のものがしますので。」
アポイントの後、履歴書をかいたり、翌日の面接のための支度をした。
1.私と携帯男
携帯男とは、今回わたしとつきあうことになった男性(まーちゃん(サイトでのニックネーム))のことです。
まーちゃんとは、携帯の出会い系サイトで知り合いました。
なんだ、出会い系で知りあったのか。と、思われるかもしれません。
ありふれた話じゃないか… と。
だけど事情がそうではなかったのです。なぜなら理屈上、会えないことが前提になっていたのですから…
わたし達二人の連絡手段は、携帯のメールしかなかった。
だから、わたしにとってのまーちゃんの印象とは、携帯のボタンをせっせと押してる姿だった。それで、こんな名前にしてみました。
なぜ、会えるはずではなかったのか、それにはいろいろ深い(わけでもない?)事情があって、次回から思い出した順に小説っぽく書いてみたいと思います。
私は文章のプロではないので、上手い表現はできないかもしれませんが。
※実話か、フィクションかの判断はおまかせします。
登場する名称等は実在のものと関係ありません。