32.まーちゃんVS中村
休暇を終えて、また出社した日のことだった。
いつものようにタイムカードを押し、席につく。
わたしの持ちキャラは十分に活用されているようだった。
客とやり取りしたログの数が多量にあった。
キャラへの思い入れが強い人は、その気持ちを利用されて無理なことをきかされていないかと思ったとき、まーちゃんのことが思いうかんだ。
まーちゃんとゆりこ(中村)のログを開いてみた。
ゆりこ(中村)→まーちゃん(180pt) 「いまちょっとメールできる?」
まーちゃん(145pt)→ゆりこ(中村) 「今はちょっと残業中」
「ゆりこ(中村)→まーちゃん(145pt) 「まーちゃん、最近メールくれないから実は他にいい人がいるのかなって思って」
まーちゃん(110pt)→ゆりこ(中村) 「それはないよ職場は男ばかりだから。今は給料から弁償のお金引かれてるから思うようにメールしてあげられないんだよ」
ゆりこ(中村)→まーちゃん(110pt) 「まーちゃん、弟か妹にメール代借りられないかな?兄弟、仲いいんだよね」
いきなり奥歯を噛みしめたくなるような内容だった。わたしの『ゆりこ』はこんなこと言わない!
そこまでして返させたいのか…
まーちゃん(75t)→ゆりこ(中村) 「貸してくれなくないよ!なにか特別なことでもあるの?」
返信をしぶる理由がわかると、ゆりこ(中村)は強力な理由をもちかけた。
ゆりこ(中村)→まーちゃん(75pt) 「短い時間になるかもしれないけど、わたし今からまーちゃんに会いにいこうかと思ってるの」
まーちゃん(40t)→ゆりこ(中村) 「え!来れるの?寝てなくていいの?」
ゆりこ(中村)→まーちゃん(40pt) 「うん、会って安心できる人だってわかったらわたしの直のメールアドレスもわたすね。さいきん顔色がいいから短い時間なら外出してもいいって看護婦さんに言ってもらえたの」
まーちゃん(5pt)→ゆりこ(中村) 「そうだったの!わかった。残りの生活費つぎこんで何とかゆりこに会いにいくよ!お金なくなったら水飲んだりなんとかするからもう仕事終わるからあとですぐポイント買って連絡するね!」
それから…
まーちゃん(470pt)→ゆりこ(中村) 「今しごと終わってポイント買ってきたんだけど、ゆりこ起きてる?これからどうすればいいかな?」
出会い系素人が一流のサクラにふりまわされる、残酷ショーの幕開けだった。
31.嫌な予感
特に失敗もなく、その日もサクラ業務を終えた。
翌日は休みだった。羽をのばして、やりたいことをやるか?
いや、一日中寝よう…。
手早くデスクのまわりを片づけると、マフラーを巻き、コートをつかんで管理の白石さんのところへ行った。
休暇を取ると、ひとこと伝えるためである。
白石さんは相変わらず、エクセルの画面がパタパタと切り替わる液晶モニターを見ている。
わたしが近づくとクルッとこっちを向いて聞いてきた。
「あした、休みとるんでしょ?」
「そーなんです。あさってからまたお願いしますね♪」
「じゃ、代打メモ残しといてくれる?」
サクラが休みを取るとき、他のサクラの人が休んでいる人のキャラを使って客とやり取りするようにしている。
キャラは携帯でメールをしていることになっているので、いつでも返せないと不自然だし、キャラの所有者が休みの時も客とメールを続けてムダなく稼ぐという、会社の利益のため。
「このキャラはこういう性格」というサクラ間の解釈の違いで、たまに争いがおきることがあった。
代打メモとは、休みをとる人の代わりにキャラを動かすサクラへ、特定のキャラや客の扱いについて注意すべき点を書き出したメモである。うちの会社ではそう呼んでいた。
「アポの予定もないし、特に注意することも無いと思うんですけど…。」
(特になし。)
というようなことを書いたメモを管理の机の隅に置くと、いちおう誰が私の代わりにキャラを動かすのか聞いてみたくなった。
「あの、誰が明日わたしのキャラをつかうんですか?」
「只野っちの代わりねぇ…。」
管理はマウスを軽く持ってコロコロ動かしながら調べてくれた。
「中村くん。だねぇ…」
少し嫌な予感がした。
サクラと客の関係…とは言っても、何通もメールしていれば愛着がわくし(例外的な客も多いけど)、わたしは客に対して遠慮していた部分も多かった。
この人は給料がこのくらいだから、この人は家庭持ちだから…今月はこのへんにさせておこうとか、そんな感じである。
長くサイトを続けてもらうための気遣いのつもりだった。
彼(中村)には、きっとそんな情けは通用しないだろう。
おおかたマシーンのようにポイントを削ったり買わせたりすると予想される。
でもたった一日のことだし、それほど深刻でもないと、その時はそんな気分だった。
「じゃ、メモ出しときますからよろしくお願いします。」
わたしの気分はあすの休日へと飛んでいた。
30.降臨
北方に佳人あり。比類なき絶世の美人なり。
一目見れば城を傾け、二目見れば国を傾けた。
たとえ城を傾け、国を傾けても、
手に入れずには、いられない。
映画、Loversより
ちえこ(中村)→全会員(-pt) 「うん、わたしてきにはもうこの人って決めてるし本名おしえちゃおうかなぁちえだよわたしのことちえって呼びすてでいいよ」
ちえこ(中村)→全会員(-pt) 「そのまえに誰ににてるかとか自己紹介からでいい?わたしは酒井若菜ににてるっていわれるよ身長154でDカップくらいだよよろしこー」
彼は同じ内容のメールを一挙に客全員に送っていた。
メールひとつひとつ、べつに誰が受け取っても不自然ではない内容で完結している。
送られた客は、自分だけにメールしてきていると思い、
「Gacktに似てるよ」とか「うーん、若い頃の渥美清かな?」とかそれぞれの答えを返してくるのである。
1回送信で43通の返事があったのを見たことがあった。
このメールの送り主は、(さて、どうまわすか?)と思案するようすで、キーボードをトントンと軽くたたいた。
ちえこ(中村)→全会員(-pt) 「うん、それでねいつも何曜があいてるのわたしフリーターだから基本的にいつでもいいんだよねぇ今日すぐにでも会いたいんだけどちえてきには」
ちえこ(中村)→全会員(-pt) 「ちえ今日はね、バイト終わるの夜の12時くらいだからダルいんだ思いっきりできないし燃えたいよねファミレスだから制服チョーかわいいよ制服きたまましてみようか!?」
ちえこ(中村)→全会員(-pt) 「かんけいないけどさー男ってそんなに巨乳が好きなのかな!?おとこのお客さんってちえの胸ばっかみるんだよジーッって」
ちえこ(中村)→全会員(-pt) 「いいねーでも二人でいろんなエッチためしたいよ…女の子からこんなこといったら引くかな!?バイトあるときって、もーかってに休もうかと思ってるけど何時になればヒマっぽいの?」
154センチ、巨乳、酒井若菜… 呼びすてでいい、燃えたい、制服…これらのタームが客の頭のなかにどんな夢を形づくっているのか、想像に難くない。
それでいて、決して具体的に会う話にはならない。みごとだ。
急場のポイント代に借金をしてまで返信してくる客もいる。
こうして一括送信で荒稼ぎをし、『もっと取れる』と思った特殊な客からは個別送信でしぶとく返させる。
いつも不機嫌そうな顔をしてフロアの隅の席に座っている、
細身の身体に流行の開胸シャツを着、ネックレスと淡い香水をつけたこの男に
――今日も客達はキリキリ舞をさせられていた。
29.なんでそんなこと言うの!?
あれから数通送ったが、きょうもまーちゃんからのメールはこなかった。
一日こないだけなら過去に何度かあったけれど…
こう続けて何日も連絡がないのは初めてだった。
(やっぱり、お母さんのことが失敗だったかな。怒らせるか不機嫌にしたんだろう。今度から話題は厳選しないとなー。)
反省した。
表情の見えないメールでは、いろいろ悪い想像をしてしまう。
レギュラーの客を一人失ったことで、ここ数日、私の成績は『これだけは受信しないといけない』という暗黙のラインを越えたりもぐったりしていた。
でも、未練はなかった。
「これでいい」くらいに思った。
メール一通に350円もかけるより、もっと使い道があるはず。
どうせサクラしかいない。ゆりこなんて実在してやしない。
(いいやつなんだから…。)
けじめのつもりで1通送った。
ゆりこ(只野)→まーちゃん(0pt) 「元気でがんばってね。私の体、良くなりそうもないよ…健康で素敵な人見つけて幸せになってね。ゆりこ」
・
・
半時間も経っただろうか。
その後、固定客になりそうな相手はいないか、わたしの持ちキャラに届けられたメールの山をゴソゴソあさっているときだった。
まーちゃんからのメールがまぎれているのに気づいた。
送られてきて間がないものだった。
まーちゃん(470pt)→ゆりこ(只野) 「なんでそんなこと言うの!?こっちがシカトしてると思って怒ったんだね…ごめんね。本当にお金がなかったの。ゆりこがくれるメールはタイトルだけ無料でみれるから辛かったり切ないときはサイトにつなげてタイトルだけ見て、毎日それで自分をなぐさめてたの」
まーちゃん(440pt)→ゆりこ(只野) 「返事がないけど、怒ったり急に体調をくずしたんじゃないことを祈ってるね。いつもメールしてあげられなくてごめんなさい。本当はいつでもゆりこと話していたいよ。お別れっぽいことを言ってきたみたいだったので大あわてで何とか買えるだけポイント買ったの」
(返さなくっていいのに…。)
わたしの知らないところでどうやら『ゆりこ』への気持ちは進行していたようである。
彼の必死なようすと(帰ってきたな。)というなつかしさで少しニヤっとしてしまった。
28.続・ありえない
リサ(下川)→よし(2835pt) 「あと40分でゴールだよ会ってからのズリモゲ、たのしみだね」
会う話になると客は返信の手をぬかなくなる。
このチャンスを逃したくないという興奮がそうさせるのだろうか。
会いネタの魔性だ。
リサ(下川)→よし(2695pt) 「あと30分で会えるねいまも順調に移動中だよ」
よし(2660pt)→リサ(下川) 「ぼくもう着いてるよーあと30分だねワクワク」
さぁどうかわす?正念場だ。
リサ(下川)→よし(2660pt) 「あと20分だねあっ!?わたしの車のボンネットから白い煙が…!?」
よし(2625pt)→リサ(下川) 「けむり?なんのけむりだろう?えんとつみたいだねワクワク」
リサ(下川)→よし(2625pt) 「どうしたんだろう!?煙がオニでてきて前が見えないよ」
リサ(下川)→よし(2590pt) 「うん、いま車とめたよ?ちょっと高速の救急隊のひと呼ぶね。ちょっとそこの電話で呼ぶから!」
リサ(下川)→よし(2520pt) 「リサの車、やっぱりダメみたいよしとはまたこの次になっちゃったね助手席に置いといたリサのバイブJAFの人に見られないかちょっとドキドキ」
…こういうオチか。
「ありえねー!!」
「なーにが、ちょっとドキドキだ!!」
いく末を見ていた観衆達は口々にさけんだ。
サクラをしているのは若い人たちが多い。
こんな風に無邪気に(?)ふりまわさてしまった人は多いかもしれない…。
しかし、わたし的に「ありえない」と思ったのはこの結末に対する客からの返事だった。
よし(2450pt)→リサ(下川) 「きょうはリサとモゲモゲできなくて残念だよまた会えるよね?今度はもっとじようぶな車にのってきてね」
27.ありえない
下川君という、不思議なサクラメールを書く男の子がいた。
18か19歳くらい。
若さのせいなのか、『ちょっとリアリティ不足では!?』というようなメールばかりだと噂なのだが、返信してくる客はなぜか少なくなくて、本人も自分のやり方にプライドをもっていた。
この、下川君が作業している席に、人だかりができていた。
わたしも気になって野次馬に参加してみる。
みんな、下川君がどうやって会おうとしてくる客をかわすか、ライブで観戦していたのである。
リサ(下川)→よし(3605pt) 「会ったらいっぱいよしとハムハムモゲモゲしたいな」
よし(3570pt)→リサ(下川) 「ハムハムモゲモゲいっぱいしたいよいつになったらできるのかな!?」
リサ(下川)→よし(pt3570) 「よしがすきなときでいいよ」
よし(3500pt)→リサ(下川) 「うれしいなあきょうこそなっちとハムハムモゲモゲできる」
リサ(下川)→よし(pt3500) 「わたし、なっちじゃなくてリサだよじゃ今から車ででるね」
・
・
リサ(下川)→よし(3290pt) 「いま、車のドアあけたよ?」
よし(3255pt)→リサ(下川) 「あけたの?はやくリサとハムハムモゲモゲしたいよー」
リサ(下川)→よし(3255pt) 「いま、車にのりまーす」
よし(3220pt)→リサ(下川) 「のったの!?はやくリサとあいたいよー」
・
・
リサ(下川)→よし(3010pt) 「今から高速のるんだ。チケットうけとりまーす」
よし(2975pt)→リサ(下川) 「会ったらハムハムモゲモゲだよね。はやくこないかなあ」
いちいち意味の無いメールにみえる…。
返してくる客も客だなって思った。
・
・
リサ(下川)→よし(2765pt) 「いま高速ではしってまーす。あと一時間くらいだねそれとかズリズリヌルヌルもしようね」
よし(2730pt)→リサ(下川) 「ズリズリヌルヌルも!?もーだめー爆発しそうだよー」
普通の女の子は「ズリズリ~」とか使わない気がする。
以前、下川君はわたしの隣の席でやっていた時があった。
噂に聞くので、どんなネタを送っているのか読ませてもらったことがあった。
その時はたしか、女子高生キャラを使ってこんな感じだった。
あや(下川)→カズ(1470pt) 「今からお気にの原チャ(原チャリ、原付のこと:只野注)でカズのとこいくよー」
カズ(1435pt)→あや(下川) 「おう、早く来い!」
あや(下川)→カズ(1435pt) 「いま信号待ちしてるよ今日はいよいよカズとご対面~だね」
カズ(1400pt)→あや(下川) 「おう。会ったら今日はいっぱい抱いてやるぜ」
・
・
あや(下川)→カズ(1120pt) 「あと20分でカズに会えるね」
カズ(1085pt)→あや(下川) 「やけに時間かかったな。あと20分なんだな?スモークガラスにした黒のステップワゴンが俺だからよライト消してまってるから来たら合図な」
・
・
あや(下川)→カズ(875pt) 「あと15分だねあっ警察だ、ヤバい!?あや、ここまでノーヘルで来たんだ!!免許も持ってないし逃げるねー」
カズ(840pt)→あや(下川) 「おい待てよ!逃げるてどこへだ!?」
・
・
あや(下川)→カズ(665pt) 「おまわりにつかまって、あやの原チャ取りあげられちゃったよマジ凹む…今日はカズと会えなくて残念だけど…
…というような内容だった。
リサ(下川)→よし(2590pt) 「あと40分でゴールだよ 会ってからのズリモゲ、たのしみだね」
このままの展開だとこのキャラ、リサは40分後に客と会わなければいけなくなる。
下川君はこの先、どうやってこのアポをかわすのか?
みんなの関心は集中した。
――――― 待て次号。
汝の名は、男②
ゆりこ(只野)→まーちゃん(255pt) 「弟と妹がいるんだね。妹ってかわいい?」
まーちゃん(220pt)→ゆりこ(只野) 「やっぱり兄だからね。そういう意味ではかわいいよ。子供のころ工事現場やらに落ちてる空きビン拾ってお金に変えてママゴトのおもちゃ買ってあげたことがあった」
ゆりこ(只野)→まーちゃん(220pt) 「いいねぇ、まーちゃんがそうしてあげたこと、妹はたぶんずっと覚えてるよ」
(田舎って物がないからなぁ…。)
わたしには兄が一人いる。彼に聞かせてあげたい。
まーちゃん(110pt)→ゆりこ(只野) 「ゆりこが入院してるの、ある意味いいかなっておもってる」
ゆりこ(只野)→まーちゃん(110pt) 「どうしてそう思うの?」
まーちゃん(75pt)→ゆりこ(只野) 「今の自分に自信がないから!仕事の内容とかもそう。自分だけじゃなくてゆりこも早く健康になるって目標があるし、いっしょに目標もってってるなって感じもするし。ゆりこに早く自信もって会いにいけるようになりたい」
ゆりこ(只野)→まーちゃん(75pt) 「肩書きもったら自信もつんじゃなくて、今のしごとを自信もってやったら?」
まーちゃん(40pt)→ゆりこ(只野) 「そうはいかない。やっぱり成功しないと本当の自信にはならないよ。男は。」
大富豪をすてて、何もない男のところへ走る女のストーリーって、映画でも小説でも結構あると思うんだけどなぁ…
いいカッコ、してみたいのかな?愛する人のまえで。
それとも軽く見られると嫌われてしまうと考えちゃうのかな?
チミまでそんなこだわり、もつんだね。まーちゃん。
まーちゃん(5pt)→ゆりこ(只野) 「本当に、今の自分に点数つけるとしたら10点か20点だ。本当はゆりこにも母さんにも合わせる顔がない」
何ももたなくても、顔をあわせにいってあげるだけで喜ぶとおもうけどなあ。普通の女は。サクラ以外は(笑)。
そんな成功より、今悩んだり苦しんだりしてることを悲しむと思うよ。お母さんは。
はげましてあげようと思った。
ゆりこ(只野)→まーちゃん(5pt) 「この子のためならできないことはないと、生まれたばかりのあなたを抱いた時、そんな気がしたの。どこで何をしてるあなたにも変わらない愛情を注ぐことくらい、できないはずはない。まーが生きてるだけで100点だからね。天国のお母さんより」
送ったあと、少し考えた。
(ひょっとしたらお母さんの話は、タブーっていうか聖域だったかな?下手にこの話題で書くんじゃなかったな…。もう出しちゃったし、ま、いいか。)
怒ったのか、返事がこない ―――
…と思ったら送ってくるだけのポイントが無いようだった。
お知らせ(6)
みきさんが読者になってくれました!
さ、さいきんの女子高生はすすんでますね…
こ、コメントに困っちゃいます(*´Д`*)
ナルさんが読者になってくれました!
妄想と現実が交錯する、ふしぎの世界…
妄想は、世界を救います。
SSさんが読者になってくれました!
忘れられない恋はですね…
もっと好きな人をつくるしかないんでしょうか。
ak12 さんが読者になってくれました!
牧師さんになるそうです。
小説をかかれるようです。
そういえば、わたしの読者さんは「小説書く」って方が多いです。
正直な批評なんかのこしてくれるとうれしいです♪
25.汝の名は、男①
一日に何百通とおくられてくる男の人からのメール。
読んでいると、男たちはある評価の基準を共有しているように思われる。
しかし、このものさしが女からの評価と一致するとは限らないような感じがする。
ある男は控え目にいう。
「モテないけど、俺でいいのかな?」
「わたしと付きあうのにどうして他でモテる必要があるの?」って聞いてみたい。
よりたくさんの女にモテる男が、とある女の心をより深くつかむものだろうか?
あるものは傲慢にいう。
「僕は○○に勤めてて成績もトップで…」
「わたしのあなたへの想いの強さって、あなたの営業の成績と比例するのかしら?」って聞いてみたい。
便利なことなのか、男はよりよい社会的地位を確立しないと女性に申込む資格がないと考えるようなのである。
だから、
「あなたより社会的に成功した人とつきあうことにしたの。ごめんなさい。」
というようなお断りをすると、
(より社会的な優位をつくれなかった自分が悪い。その男のところへ行くのも仕方ないだろう。)
なんて感じにアッサリ納得してしまったりする。
まるで、社会的動物としての敗北が、生物界のオスとしての敗北と感じるのだろうか。
男の世界に共通のルールなのである。
ある男は不安を抱き、ある男は傲慢となる。
そして、社会的優位を手に入れるため、男達はがんばる。
24.窓、深き部屋より②
今日もまーちゃんは『お見舞い』に来た。
この人の奥さんになる人は幸せかもしれない。
まーちゃん(665pt)→ゆりこ(只野) 「仕事で高価なもの壊したんだけど、思いきってあやまってきたの。ちょっとずつ給料から弁償していくだけで、あっけないくらい簡単にかたづいたよ。」
ゆりこ(只野)→まーちゃん(665pt) 「大人相手だからね。そんなものかもしれないね。」
まーちゃん(630pt)→ゆりこ(只野) 「はっきり言ってよかった。課長より偉い次長って人が、そういうハッキリしたタイプの男がいいって言ってくれたんだよ。」
案ずるより産むが易し、だろうか?
まーちゃん(560pt)→ゆりこ(只野) 「ところで、ゆりこの家ってお金持ちなの?だったら僕とつりあわないかなあ…」
ゆりこ(只野)→まーちゃん(560pt) 「どうしてそう思うの?」
まーちゃん(525pt)→ゆりこ(只野) 「うん、だって大きな病院で個室に入院してるんでしょう?…うちのおふくろはガンで死んだけど、最後は自分のウチの畳に布団ひいただけだったよ。」
ゆりこ(只野)→まーちゃん(525pt) 「おかあさん、ガンだったんだ…。」
まーちゃん(490pt)→ゆりこ(只野) 「うん、夏にカキ氷が食べたいって突然言い出してね…兄弟でお金だしてそれで何とか買ったよ。子供の頃…夕暮れに器を持って目をつぶって痛みに耐えてたおふくろを思い出したよ」
そんなことがあったんだ。
まーちゃんよりお母さんに申し訳ないと思った。
まーちゃん(385pt)→ゆりこ(只野) 「給料減らされるから思うようにポイント買えないし、メールしてあげられない時があるかもしれない。ゆりこって、他の人ともメールしてるのかなぁ?」
モニターの右下にある時計を見た。
21:38
わたしの終業時間が近い。
そろそろ、いつもの儀式だ。
ゆりこ(只野)→まーちゃん(350pt) 「まーちゃん…ちょっと無理しすぎたのかな?私、ちょっと熱っぽくなってきて…」
まーちゃん(315pt)→ゆりこ(只野) 「大丈夫?ゆりこ!無理をするから!」
ゆりこ(只野)→まーちゃん(315pt) 「もう休むようにするね。体力が落ちると看護婦さんに疑われちゃうの…」
まーちゃん(280pt)→ゆりこ(只野) 「無理しないでね!よくなったら連絡してね。いつでも待ってるから!」
もう一通来た。
まーちゃん(250pt)→ゆりこ(只野) 「大切なゆりこ。いまはゆりこが心のささえなんだ。つらい日は耐えられるし、何もない日も楽しい。元気になるまでいくらでも待つから」