30.降臨 | 携帯男

30.降臨


  北方に佳人あり。比類なき絶世の美人なり。
  一目見れば城を傾け、二目見れば国を傾けた。
  たとえ城を傾け、国を傾けても、
  手に入れずには、いられない。
             
映画、Loversより



ちえこ(中村)→全会員(-pt) 「うん、わたしてきにはもうこの人って決めてるし本名おしえちゃおうかなぁちえだよわたしのことちえって呼びすてでいいよ」


ちえこ(中村)→全会員(-pt) 「そのまえに誰ににてるかとか自己紹介からでいい?わたしは酒井若菜ににてるっていわれるよ身長154でDカップくらいだよよろしこー」


彼は同じ内容のメールを一挙に客全員に送っていた。
メールひとつひとつ、べつに誰が受け取っても不自然ではない内容で完結している。


送られた客は、自分だけにメールしてきていると思い、
「Gacktに似てるよ」とか「うーん、若い頃の渥美清かな?」とかそれぞれの答えを返してくるのである。


1回送信で43通の返事があったのを見たことがあった。


このメールの送り主は、(さて、どうまわすか?)と思案するようすで、キーボードをトントンと軽くたたいた。


ちえこ(中村)→全会員(-pt) 「うん、それでねいつも何曜があいてるのわたしフリーターだから基本的にいつでもいいんだよねぇ今日すぐにでも会いたいんだけどちえてきには」


ちえこ(中村)→全会員(-pt) 「ちえ今日はね、バイト終わるの夜の12時くらいだからダルいんだ思いっきりできないし燃えたいよねファミレスだから制服チョーかわいいよ制服きたまましてみようか!?」


ちえこ(中村)→全会員(-pt) 「かんけいないけどさー男ってそんなに巨乳が好きなのかな!?おとこのお客さんってちえの胸ばっかみるんだよジーッって」


ちえこ(中村)→全会員(-pt) 「いいねーでも二人でいろんなエッチためしたいよ…女の子からこんなこといったら引くかな!?バイトあるときって、もーかってに休もうかと思ってるけど何時になればヒマっぽいの?」


154センチ、巨乳、酒井若菜… 呼びすてでいい、燃えたい、制服…これらのタームが客の頭のなかにどんな夢を形づくっているのか、想像に難くない。


それでいて、決して具体的に会う話にはならない。みごとだ。


急場のポイント代に借金をしてまで返信してくる客もいる。


こうして一括送信で荒稼ぎをし、『もっと取れる』と思った特殊な客からは個別送信でしぶとく返させる。


いつも不機嫌そうな顔をしてフロアの隅の席に座っている、
細身の身体に流行の開胸シャツを着、ネックレスと淡い香水をつけたこの男に


 ――今日も客達はキリキリ舞をさせられていた。