31.嫌な予感
特に失敗もなく、その日もサクラ業務を終えた。
翌日は休みだった。羽をのばして、やりたいことをやるか?
いや、一日中寝よう…。
手早くデスクのまわりを片づけると、マフラーを巻き、コートをつかんで管理の白石さんのところへ行った。
休暇を取ると、ひとこと伝えるためである。
白石さんは相変わらず、エクセルの画面がパタパタと切り替わる液晶モニターを見ている。
わたしが近づくとクルッとこっちを向いて聞いてきた。
「あした、休みとるんでしょ?」
「そーなんです。あさってからまたお願いしますね♪」
「じゃ、代打メモ残しといてくれる?」
サクラが休みを取るとき、他のサクラの人が休んでいる人のキャラを使って客とやり取りするようにしている。
キャラは携帯でメールをしていることになっているので、いつでも返せないと不自然だし、キャラの所有者が休みの時も客とメールを続けてムダなく稼ぐという、会社の利益のため。
「このキャラはこういう性格」というサクラ間の解釈の違いで、たまに争いがおきることがあった。
代打メモとは、休みをとる人の代わりにキャラを動かすサクラへ、特定のキャラや客の扱いについて注意すべき点を書き出したメモである。うちの会社ではそう呼んでいた。
「アポの予定もないし、特に注意することも無いと思うんですけど…。」
(特になし。)
というようなことを書いたメモを管理の机の隅に置くと、いちおう誰が私の代わりにキャラを動かすのか聞いてみたくなった。
「あの、誰が明日わたしのキャラをつかうんですか?」
「只野っちの代わりねぇ…。」
管理はマウスを軽く持ってコロコロ動かしながら調べてくれた。
「中村くん。だねぇ…」
少し嫌な予感がした。
サクラと客の関係…とは言っても、何通もメールしていれば愛着がわくし(例外的な客も多いけど)、わたしは客に対して遠慮していた部分も多かった。
この人は給料がこのくらいだから、この人は家庭持ちだから…今月はこのへんにさせておこうとか、そんな感じである。
長くサイトを続けてもらうための気遣いのつもりだった。
彼(中村)には、きっとそんな情けは通用しないだろう。
おおかたマシーンのようにポイントを削ったり買わせたりすると予想される。
でもたった一日のことだし、それほど深刻でもないと、その時はそんな気分だった。
「じゃ、メモ出しときますからよろしくお願いします。」
わたしの気分はあすの休日へと飛んでいた。