44.Gone with the wind
出勤のために、駅のホームで電車待ちをしていた。
過去のことをぼんやり思い出していると、
あの時こうしておけばよかったとか、
あの時のあのことは、こういう意味だったのかしらとか、
違う角度からものが見えたりもする。
当時の理解では及ばなかったのだろうか。
また、これ以降にさらに違った見方ができるようになるのだろうか。
一人のメールの相手を思い浮かべたとき、ハッと気づいたことがあった。
ずいぶん前のことになるけど…
キョウ(375pt)→節子(只野) 「ホタルの墓の節子とおんなじ名前だね。じつは僕の妹の名前も節子です」
…というようなきっかけでメールのやりとりが始まった人だった。
でも、さわやかな感じの始まりとはうらはらに、しばらくすると随分クセの悪いお客だということが明らかになった。
キョウ(255pt)→あゆみ(只野) 「それでデート代のことなんだけど、今回はたてかえで払ってもらっていい?」
キョウ(315pt)→関根素子(只野) 「あつかましいかもしれないけど、その時10万ほどでもサポしてくれないかなぁ?」
キョウ(125pt)→マダム麗子(只野) 「お願いです。足を舐めろといわれたらそれでもやります!どうしてもあなた様のご支援が必要なんです!」
こういう感じで何人ものキャラに手を出すし、そのうえ必ずといっていいほど金をせびってくるのである。
ある時、意地悪なサクラにこんなことをされていた。
キョウ(140pt)→セレブな瞳(笹川) 「お願いです。どうしても今月末までに30万ないとダメなんです!お願いします。何でもします!」
セレブな瞳(笹川)→キョウ(140pt) 「じゃ、3べん回ってワン!とかしてくれる?そうしたらお金もって出て行くの、考えてもいいわよ?」
キョウ(105pt)→セレブな瞳(笹川) 「いま回りました。 …ワン」
わたしだけでなく他のサクラ達のキャラにも次々と金の無心をし、たちまち職場で話題の人となった。
キョウ(35pt)→節子(只野) 「最後のポイントになりそうだけど、出てきて話だけでもできませんか?なにも持たなくていいから…」
それっきり、メールを出しても不通になった。おそらく、ポイント代がないか、携帯の料金が払えなくなったんだと思う。
気づいたことというのは、このお客さん、どんなに窮したときでも、この『節子』にだけは金の無心をしてこなかったということ。
当時、どんなに「最低!」とか思っていても、その事に気づくと、困難からの防波堤になろうとしたことは、何かしらの誠意のようなものを感じる…
キョウさん、『節子』にだけは、本気だったの?
『節子』のことだけは、汚したり背負わせたりするのが我慢できなかったの?
不通になった今では、確かめる術はない。
風のように、これまで、何人もの新しい客が入り、去っていった。
つかみ戻すことのできない、通り過ぎた風。
警笛の音とともに、電車が入ってきた。
つよい風をひきつれて。
わたしの前髪が、ふわりと舞った。