11.職業病
人は天使でも獣でもないのに、
天使のようにふるまおうとしながら、
獣のように行動する。
そう言ったのは、誰だったろう?
いざ、ネットの向こうの男と話をするような段になって、そこに現れる男は、私が社会で目にする男の人とは違う生き物だった。
まず、本性むき出しの人がいる。
まさかず(105pt) → あみ(只野)「会ってやれるの?やれないの?どっち?」
ヨシト(465pt) → アスカ(只野)「俺にすれば?いっぱいイカせてやるから」
たぐっちゃん(1200pt) → あみ(只野)「男はいつだって、誰とだってやりたいさ。そう思うのが自然!」
自然?
もちろん、本音を隠す利口な人達も多い。それにしたって、会うことや直接の連絡先をよこさないで何通もメールしていると、たいていは不機嫌を隠さないようになる。
かたぎり(240pt) → ほのか(只野)「早く会いにいける場所、おしえてよ!!こっちはポイント代かかるんだから。」
義之(1005pt) → さゆり(只野)「どんな人間かを知るために会ってみるんだろうが!?」
田舎から出てきた小娘にも、さすがに男の本性というか、ある輪郭が浮かんできて、
顔をあげたときに目が合った、いつも教えてくれる男の子に聞いてみた。
「男って…いや、ここのお客さんって、結局、女とヤリたいだけなのかな?」
彼の説明は、いつも論理的でわかりやすかった。
(まいったな。)という顔をして、
「そういうことだね。ほら、男って風俗で何万円も使ったりするじゃない?それに比べたら、350円でうまくいけば一発…って、そう考えると安いと思っちゃうんじゃないの?同じ男として不名誉かなって気はするけど、わかってほしいのは、ほら、人間も生き物だから…」
わたしはモニターに目を戻した。
太郎(2405pt) → あみ(只野)「考えすぎてちゃ、恋愛なんかやってられないって」
(ヤリたいのは恋愛ですか?)
しげき(905pt) → えみ(只野)「メールって、顔とかが見えない分、ほんとうに相手のことがわかるよね」
(そうなのよ。悲しいことにね。)
確かに、「晩御飯なにたべたの~?」というような、内容のないメールを一通350円も出してする人は奇特だ。
あてこんだ利益への投資でないと、なかなかこんな出血はできない。
わたしに自覚がなかった適応力が目覚めたのか、いつしか客(男?)の性質を利用できるようになっていた。
ミユ(只野) → 太一(865pt)「ぶっちゃけ欲求不満だよつきあう人いなくなってもーヤバいよ学校帰りでもいつでも会いたいときに会えるひとかなってメールしたんだけど」
しのぶ(只野) → ミスターいとう(1095pt)「いま夫が出張中だから連絡してみたんだけどホテル行かない?うん出張中限定だけど誘ったのはわたしの方だしホテル代くらい出せるから…」
などなど。
・こっちにも同じ目的があるのよ。
・わたしこそが会うために最短の女よ。
こちらから出すメールにどこかそれを匂わすようにすると受信数は目に見えて増えた。
アイデンティティーのしっかりした女より、少しばかり頭の弱そうな女を演じてみたら食いつきがよかった…。
これで、エッチな関係が終わったら何がのこるのだろう?
わたしが真面目すぎる?
22時、わたしの終了時間。
手早くデスクまわりをたたむと、タイムカードを押した。
○○ネットが入っているビルを出て、駅へ向かう。
道ゆくサラリーマン風の男達が、せっせと携帯でメールを打っている。
ふと、彼らの相手はみんな、出会い系の相手のように思えた。
男を見る目が変わった。
大沢在昌が書いたとおり、都会は欲望のかたまりなのか?
都会が、男が、怖くなった。
出会い系をやる男は最低だ。
出会い系をやってる男とはつきあえない。
電車に乗りこみ、流れはじめたホームを見ながらそう思えた。